否認権について

 

  1. 否認権とは

否認権は、破産決定開始前になされた破産者または第三者の行為の効力を否定して、流出した財産を回収し、破産財団を増やすことで、破産債権者に対する公平な満足を実現する制度です。

 

破産債権者を害する行為(破産法160条)や対価を隠匿するための処分行為(同法161条)などが対象となります。

 

 

 

 

  1. 否認対象行為の類型

  • 詐害行為(破産法160条1項)

「破産者を害する」行為がこれに当たります。「破産者を害する」とは、債権者の共同担保が減少して、債権者が満足を得られなくなることをいいます(最高裁昭和40年7月8日判決)。

 

破産法160条1項1号による否認権行使においては、否認を免れようとする受任者が、その行為の当時、破産債権者を害することを知らなかったことの立証責任を負います。

 

 

  • 過大代物弁済(破産法160条2項)

不当に高額な物品を債務の弁済にあてることで、財産を減少させる行為をいいます。

 

 

  • 支払い停止等の6月前からなされた、無償行為又はこれと同視すべき有償行為(破産法160条3項)

詐害行為と異なり、相手方が破産債権者を害する事実を知っている必要はありません。

 

 

  • 相当の対価を得てした財産の処分行為(破産法161条)

隠匿、無償の供与その他の破産債権者を害する処分をするおそれを現に生じさせるものであり、破産者が隠匿等の処分をする意思を有し、相手方が破産者の隠匿等の処分をする意思を知っていた場合に限り否認対象行為になります。

 

 

  • 偏頗行為(破産法162条)

既存の債務に関して、支払い不能になった後に支払い不能になったことを知っている特定の債権者に対して行う「担保の供与」又は「債務の消滅に関する行為」がこれにあたります。

 

破産者の親族等については、支払い不能であることを知っていたとする推定が働きます(破産法162条2項・161条2項)。

 

公租公課の支払いが否認行為となることはありません(破産法163条3項)。

 

偏頗行為が非常に悪質な場合、特定の債権者に対する担保の供与等の罪に問われ、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金に処せられることがあります(破産法226条、民事再生法256条)。

 

 

  • 権利変動の対抗要件具備行為(破産法164条)

支払いの停止があった後において、売買等の原因行為があって15日を経過してから、不動産の移転登記や、自動車の所有者の移転登記をすることがこれにあたります。

 

 

 

 

  1. 返済が例外的に否認権の対象とならない場合

(1)事案

Aさんは、いくつかの消費者金融から借金をしていました。そして、支払い不能の状態になりました。

 

①Aさんは、借金をしていた消費者金融の一つであるB社から、10%の利息で100万円を借り入れていました。

 

しかし、利息が高いことからお金を返しても利息分に充てられてしまい、元金を減らすことができませんでした。

 

②そこで、Aさんは友人のCさんに事情を説明したところ、B社に借りた100万円を返済するために5%の利息で100万円を貸してもらう事が出来ました。

 

③そのため、後日、AさんはCさんから借りた100万円でB社への借金を返すことが出来ました。

 

AさんのB社に対する借金の返済は否認権の対償となるのでしょうか。

 

(2)解説

破産者が、特定の債務の弁済に充てる約定のもとに借り入れた金員により当該債務を弁済した場合、以下の要件を充たせば否認対象行為には当たりません(最判平成5年1月25日)。

 

① 借入債権が弁済された債権より利息などその態様において重くないこと。

 

②破産者が、特定の債務の弁済に充てる約定をしなければ、借り入れができず、貸主及び弁済を受ける債権者の立会いの下に借り入れ後その場で直ちに弁済をしていること。

 

③約定に違反して借入金を他の使途に流用することや、借入金が差し押さえられるなどの理由で、約定を履行できない可能性がないこと。

 

以上3つの要件を充たす事実関係が認められる場合であれば、特定の債務の弁済に充てる約定のもとに借り入れた金員により債務を弁済する行為は、否認対象行為には当たりません。

 

 

(3)本件では

本件では、B社からの借り入れによる利息が10%であるのに対し、Cさんからの借り入れによる利息は5%です。そのため、借入債務が弁済された債務に比べ利息が重くないと言えます。これにより、要件①を充たします。

 

次に、Cさんは、AさんのB社に対する借入の利息が高いことを知ってお金を貸すことを決めているので、約定をしなければ借り入れができなかったと言えます。

 

しかし、本件では、AさんはCさんに借りたお金を後その場でB社への借金の返済に充ておらず、後日、返済を行っています。このため、貸主及び弁済を受ける債権者の立会いの下に借り入れ後その場で直ちに弁済をしていないので、要件②を充たしていません。

 

また、Cさんからの借り入れからB社への返済までに日が空いているため、借入金を約定に反する使途に流用する可能性や他の債権者の差押えにより約定を履行できない可能性もあるため、要件③も充たしません。

 

以上のことから、要件をすべて充たすことができていないため、本件の場合は、債務の弁済が例外的に否認対象行為に当たらないとは言えません。

 

 

 

 

  1. 給与の天引きが否認される?

(1)事案

Aさんは、自己破産を申し立てました。その後、勤務していたB県立高校を退職しました。これにより、Aさんは、B(県)に対し退職手当債権約400万円を取得しました。

 

このとき、協同組合であるCは、Aに対し地方公務員等共済組合法112条による貸付金700万円を有していました。

 

Aの給与支給機関であるBは、地方公務員等共済組合法115条2項により、当該退職手当全額をAに代わってCに支払った。

 

後日、Aさんは破産宣告を受けました。

 

BがAさんの退職手当をCに支払った行為は、否認対象行為となるのでしょうか。

 

(2)解説

同様の事案において、裁判所は、地方公務員共済組合の組合員の給与支給機関が、給与(退職手当を含む。)を支給する際、地方公務員等共済組合法115条2項に基づき、その組合員の給与から貸付金の金額に相当する金額を控除して、これを組合員に代わって組合に払い込んだ行為は、組合員が破産宣告を受けた場合において、旧破産法72条2項の否認(偏頗行為否認)の対象となると判断しました(最判平成2年7月19日)。

 

その理由として、地方公務員等共済組合法115条2項の規定は、組合員から貸付金等を確実に回収し、これによって組合の財源を確保する目的で設けられたものであり、給与の直接払の原則及び全額払の原則との関係を考慮して、その払い込み方法を法定したものと解されます。

 

そして、その払い込みが、他の債権者に対して優先する旨の規定はありません。

 

このことから、地方公務員等共済組合法115条2項に基づく払い込みは、組合に対して組合員の債務の弁済を代行していると考えられるのに対し、組合が他の一般債権者に優先して弁済を受けることができると規定されていないので、否認の対象となります。

 

 

(3)本件では

本件では、破産申立をしているAさんは、Bに対して退職手当債権400万円を有していましたが、協同組合であるCがAに対して有する貸付債権700万円の弁済のために地方公務員等共済組合法115条2項に基づいてBが、Aさんの退職手当全額をCに払い込んでいます。

 

しかし、地方公務員等共済組合法115条2項は破産手続において他の一般債権者に優先して弁済を受けることができる旨を定めた規定ではなく、他にそのような規定もありません。

 

そのため、破産宣告を受けたAさんのBに対する400万円の退職手当債権を天引きするような、BのCに対するAさんの退職手当全額の払い込みは、否認の対象行為となります。

 

 

 

 

 

  1. 勤務先からの借入と退職金債権との相殺合意の効力        

(1)事案

Aさんは、勤務先であるB社に対して退職時一括償還の約定で借金をしていました。

 

その後、Aさんは、退職時に多額の負債により、破産申立をせざるを得なくなりました。

 

しかし、Aさんの借金には連帯保証人がいたので、Aさんは、連帯保証人に迷惑をかけたくないと思い、退職金によって借金を返済しておきたいと考えました。

 

そこで、Aさんは慣例に従って、退職金の一切をB社に一任する旨の委任状を提出して返済手続を依頼し、B社は了承しました。

 

そのため、B社は、退職金からB社への返済金を控除した額をAさんの口座に振り込む処理をしました。

 

その後、Aさんは、破産宣告を受けました。

 

このような、場合の借金と退職金との相殺の効力はどうなるのでしょうか。

 

(2)解説

労働法24条1項本文は、いわゆる賃金全額払いの原則を定めた規定です。この規定の趣旨は、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、これにより、労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を保護することにあります(最判36年5月31日)。

 

これにより、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することは、原則禁止されています。

 

もっとも、労働者がその自由な意思に基づいてされた同意があると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、例外的に相殺が有効となります。

 

例外的に相殺が有効となるためには、相殺に近接した時点での労働者の自由な同意が存在している必要があります。

 

 さらに、この同意は、危機時期に初めてなすものではなく、危機時期前にすでに取得している同意意思の継続が確認される場合に限り否認の対象行為ではないとされています。(最判平成2年11月26日)。

 

また、債権者の相殺権の行使は、債務者の破産宣告の前後を通じて否認の対象とはなりません(最判昭和41年4月8日)。

 

具体的には、以下のような事情がある場合に相殺が有効となります。

 

① 勤務先の担当者に対し、従業員が勤務先からの借金を退職金等で返済する手続をとってくれるように自発的に依頼した場合。

 

② 「今般私儀退職に伴い会社債務(住宅融資ローン残高)及び労働金庫債務の弁済の為、退職金、給与等の自己債権の一切を会社に一任することに異存ありません。」といった文面の委任状の作成、提出の過程においても強要にわたるような事情は全くうかがえない。

 

③ 退職金、給与等の各清算処理手続が終了した後においても勤務先の担当者の求めに異議なく応じ、退職金計算書、給与等の領収書に署名押印をした。

 

④ 勤務先からの借入金について抵当権の設定はされず、低利かつ相当長期の分割弁済の約定のもとに住宅資金として借り入れたものであった。

 

⑤ 従業員の福利厚生の観点から利子の低いものとなっていた。

 

⑥ 従業員において借入金の性質及び退職するときには退職金等によりその残債務を一括返済する旨の約定を十分に認識していた。

 

 

 

(3)本件では

 本件では、Aさんは自由な意思に基づいて退職金請求債権と貸付債権の相殺による一括返還に同意しているため、例外的に相殺が認められます。

 

そして、AさんのB社に対する退職金請求債権とB社のAさんに対する貸付債権がAの退職により相殺適状になっています。

 

また、債権者による相殺権行使は否認の対象とはならないことから、本件の相殺は否認の対象行為とはなりません。

 

したがって、本件の相殺の効力は認められます。

 

 

 

 

  1. 遺産分割協議と無償否認(160条3項)

(1)事案

Aさんは、いくつかの消費者金融から借金をしていました。その後、Aさんは支払い不能になりました。そして、すぐにAさんの父が亡くなり、Aさんの母、兄と共に共同相続人となりました。そこで、遺産分割協議が行われました。

 

遺産分割協議を行った結果、Aさんの受け取る額は、法定相続分より少ない額になりました。

 

しかし、Aさんは、相続しても破産申立をすることに変わりがないと思い、法定相続分よりも少ない額を受け取ることで合意しました。

 

このような遺産分割協議は、無償行為に当たり、無償否認(160条3項)の対象にならないか。

 

 

(2)解説

無償行為とは、破産者が経済的な対価を得ないで財産を減少させ、又は債務を負担する行為と解されています。その典型的な例は、贈与です。

 

次に、遺産分割協議は、相続財産の帰属を確定させるものであることから、その性質上、財産権を目的とする法律行為ということができます。そのため、共同相続人間で成立した遺産分割協議は、民法424条1項所定の詐害行為取消権の対象となり得るものです(最判平成11年6月11日)。

 

そして、破産法160条1項所定の詐害行為否認の対象となる場合もあると解されます。

 

もっとも、遺産分割協議は、贈与のように単純ではなく、遺産分割自由の原則があるため、法定相続分を下回る額しか相続しなかったとしても民法906条に則り遺産分割を行った結果であれば、直ちに詐害性が認められるとは言えません。

 

また、遺産分割協議は、相続人である破産者の財産を形成していたものが無償で贈与された場合と異なり、元々破産者の財産でなかったものが、遺産分割の結果によって相続時にさかのぼってその効力を生じ、破産者の財産とならなかったことに帰着するものであるから(民法909条)、この点から見ても、破産法160条3項所定の無償行為として、類型的に対価関係なしに財産を減少させる行為と解するのは相当ではありません。

 

つまり、破産者が、相続人の死亡という偶然の事情によって遺産を共有することになったとしても、相続開始前に破産者に対する債権を取得していた破産債権者にとっては、いわばそれは偶然の幸運ということになります。

 

そのため、遺産分割協議は、原則として無償行為には当たらないと解されます。

 

その一方で、民法906条に則っていない遺産分割協議は無償行為にあたる場合もあるといえます。(東京高裁平成27年11月9日)

 

 

 

(3)本件では

本件では、遺産分割協議により、支払い不能になっているAさんは、遺産分割協議で法定相続分より少ない額を受け取ることにしているため、否認権の対象になるか問題になります。

 

しかし、法定相続分よりも少ない額しか相続しない場合でも、直ちに否認権の対象となるわけではありません。

 

本件では、破産債権者を害するような事情がなく、特に少ない額であるという訳でもないため、法定相続分よりも少ない額となっていても否認権の対象にはなりません。

 

 

 

  1. 破産管財人の否認権の消滅時効

(1) 否認権は、破産法160条1項1号に基づく否認の場合を含め、破産者の全財産を総債権者の公平な満足にあてるという観点から、破産管財人がこれを行使するものであって、否認権の消滅時効に関する破産法176条の規定は破産法160条1項1号に基づく否認についてもその適用があり、総破産債権者につき詐害行為取消権の消滅時効が完成しても否認権が消滅するわけではありません。

 

 

(2) ア 破産手続開始の申立ての日から1年以上前にした行為は、破産法160条3項所定の無償行為を除き、支払の停止があった後にされたものであること又は支払の停止の事実を知っていたことを理由として否認することができません(破産法166条)。

 

  破産法166条が適用される否認類型は以下のとおりです。

 

①支払の停止があった後に支払の停止を知ってなされた詐害行為の否認(破産法160条1項2号)

 

②詐害的債務消滅行為の否認(破産法160条2項)

 

③支払の停止を知ってなされた偏頗行為の否認(破産法162条1項1号イ)

 

④支払の停止があった後に支払の停止を知ってなされた対抗要件具備行為の否認(破産法164条)

 

 

(3) 破産管財人の否認権は、破産手続開始の日から2年を経過するまで行使される可能性があります(破産法176条前段)。

 

 

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